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1 僕にとっての「お笑い」

小学生の頃、「ボキャブラ天国」を良く見ていた。
当時の僕は、そこで芸を披露する芸人さんの姿を見て、単に「面白い」とだけ思い、大笑いしていた。
どういうところが面白いかまでは考えていなかった。
ただ純粋にその芸から「面白さ」を感じていたのかもしれない。


当時は爆笑問題、TIM、バカルディ(現さまぁ〜ず)、海砂利水魚(現くりぃむしちゅー)などなど、今となってはお茶の間を沸かす人たちが切磋琢磨しながら芸を披露していた。
僕は見ていてすごく楽しかった。
芸ももちろんだけど、何よりそこで広がる「ドラマ」を楽しんでいたかもしれない。
いつも高評価をもらう組が低評価だったり、逆に地味な組が突出してきたりと、波乱もあった。
その頃は「お笑い芸人」というものを特に意識したり、深く考察したりなどという興味や雑念はなかった。
ただ、「この人たちすっげえ面白い!」という憧れみたいな気持ちはあったのかもしれない。

「ボキャブラ天国」がゴールデンから離れ、地元で放送されなくなってからはその熱もさめ、ポケモンなどのアニメ物に強い興味を惹かれる普通の小学生に戻った。


眠っていた「お笑い熱」が再び一気に沸かされて、今までにないくらい興味を持ち、僕にとって一生「お笑い」というものを欠かせないものにしてしまったひとつのお笑い番組がある。

他でもない
「爆笑オンエアバトル」である。

きっかけは、姉の友達だった。
僕が中学一年生の頃、姉がその友達からひとつの録画ビデオを借りてきた。
その中には初期の初期、放送開始から3回目〜5回目のネタが入っていた。

僕は、芸人さんたちの「ネタ」をまともに見たのはそれが初めてだった。(ボキャブラは微妙に「ネタ」というジャンルではない気がするので除く)
アンジャッシュ、アンタッチャブル、バカリズム、ホーム・チーム・・・などなど。いろんなタイプを目の当たりにした。
これまでにないくらいお腹を抱えて笑ったのを今でも覚えている。
頭の中にこびりついて離れないほど、何回も観かえした。
面白いところは何回も巻き戻したりもした。
ボキャブラで見ていた「底ぬけAIR-LINE」や「坂道コロコロ」なども出ていたため、妙な懐かしさと、ボキャブラとは違った新鮮さを覚えたりもした。
今思えば、そこまで熱心にひとつの番組を何回も見たのは「オンエアバトル」が初めてかもしれない。

なぜ、当時の僕はそこまで「舞台で披露されるネタ」に異様に惹かれたのか。
僕は、そこに「面白いから」という一言では片付かない何かが、当時からあるような気がしている。
単に面白いだけだったら、もっといろんな番組に同じように惹かれるはず。
だか、あそこまで心を掴んだ番組は後にも先にも「オンエアバトル」だけだと思う。

それからしばらくは、姉が友達から借りたビデオで見続けた。

そして、初めてリアルタイムでオンエアバトルを見た回が「第一回チャンピオン大会」だった。
当時はネタを行った後すぐ軽量に移っていたため、その頃の僕にとっては最高のドキドキ感が味わえた。
そして、その中から上位3組が選ばれ、再びネタを行う。
結果、アンジャッシュとテツandトモを退けてDonDokoDonがチャンピオンに輝いた。
恐ろしく興奮した。
恐ろしく楽しかった。
アレだけ番組を見てドキドキワクワクしたことが、小学生の頃にあったのか・・・。今となっては疑問である。

それからの僕は、オンエアバトルを見続けた。
忘れっぽく、気まぐれな性格の為見れなかった回も少なくないが、2期、3期と回を経るごとにだんだんと取り憑かれ、4期以降は「依存状態」といっても良いほどだった。
高校寮にいた頃は、わざわざ寮のビデオで予約録画していたほどであった。今思えば、「そこまでするか!?」といわれても仕方ない。
まさに「お笑いバカ」だった。

学生時代は、ネタを楽しみ、オンエア・オフエアなどのドラマがある「オンエアバトル」をとにかく楽しんだ。
そこから、すこしづつネタを披露する番組が出てき始めて、それにネタを見た若手芸人さんが出てきたときには、驚いたと同時になぜか喜びを感じた。
今思えば不思議な気分だった。
当時「オンエアバトル」が唯一若手芸人さんのネタを見れる番組だったために(僕の地元宮崎は、民放が2局しかないため見れる番組が少ない)、「オンエアバトル」という枠からでていると新鮮だった。
まさに「依存」してるからこその症状なのかもしれない。

当時の僕にとって、「オンエアバトル」は唯一自信を持って語ることの出来る「趣味」であり、「心の支え」だった。
中学生の頃は、からかわれたりしてヒステリーを良く起こす一種の問題児的な部分があり(改めて思うと僕ってガキだったなぁと思う)学校生活が嫌になったときもあった。
そんな時にオンエアバトルがあったからこそ、当時の僕は精神的に大崩れしなかったんだろうと思う。
「笑うことは健康にもつながる」みたいなことをよく耳にするが、精神的なものになら確実に事実であるだろうと僕は思う。
「見る人を楽しくさせたい」という芸人さんたちの意思があの頃の僕にとって救いとなっていた。


そして、僕がちょうど18歳の頃。
オンエアバトルで見ていた芸人さんたちも他の番組で活躍を見せている頃である。

この頃僕は、僕の中での「お笑い」の見方に、昔とは明らかに違うことをだんだんと自覚し始めていた。

中学生時代は、ボキャブラの頃と同様「面白い」という気持ちだけで見ていた。
高校の頃もそうではあったが、中学生時代とは違っていた。
自分的に芸人さんたちを「面白い」「面白くない」と分けていたのである。

強烈な批判まではしない。
だけど、自分的に「面白くない」と思ったネタ、芸人さんには心の中で不満を覚えてたりした。
オンエアバトルの結果に満足がいかないときもあった。
最近面白くなくなったという理由で、ほんの少し自分の意思で見なくなった時期もあった。

人にはそれぞれ好みはあるし、たとえ個人的にでも満足のいかないものがあれば満たされないような気分にはなるもの。
だけど僕は、ツボが広すぎるのか嫌いな芸人さんはほとんどおらず、たとえツボに来なくてもそれだけで嫌いにはならない。
逆に、「大好き!この人を徹底的に応援する!」的な感じの芸人さんもいなかった。(強いて言えばペナルティが大好きだったけどそこまで熱狂的ではなかった)
だから、好みといえば「お笑い全般」になるようなもの。
そのせいなのか、見たものが個人的に満足いかなければその人を、心の中で下に見てしまう・・・。
その頃の自分を今の自分から客観的に見れば、そんな感じだと思う。

それが悪いとは思わないし、一般の人から見ればそれが普通かもしれない。
先ほどもいったように、人には好みがあるから。考え方も違うから。

だが、今となって考えると、お笑いの世界に慣れてしまって、満足するためのハードルをあげてしまっている頃より、純粋に「お笑い」を楽しんでいた小、中学生の頃のほうが格段に楽しかったのかもしれない。
もちろんオンエアバトルはずっと見てるし、いつでも大好きだった。面白かった。
ただ、出ている芸人さんすべてを尊重する心は、あのころの僕にはなかったと思う。


今の僕はお笑いに対しての考え方を変えている。

完全に依存状態の僕に、昔のような気持ちでお笑いを見ようと思っても、それは出来ない。
あの頃は本当にゲラで、お笑いに対するハードルも低かった。
そのハードルを再び下げるなんていうことは、考え方や理屈の付け方をある程度身につけた僕には無理だ。

しかし、あるきっかけがあったときから、自分なりに新しい考えを出すことが出来た。

僕はいろいろなところでネタの感想を良く見る。(主にオンエアバトル)
感想の内容は人それぞれだが、その中にはやはり評判の悪いネタもある。
悪い評価を受けるのはしょうがない。というよりいい評価だけ飛び交うわけもない。
ただ、あくまで感想なので、具体的にどう悪かったのかは示されない。
中には、軽蔑的なものや悪口めいたものもある。(稀ですけど)

「簡単な言葉で『悪い』といってしまうのはどうか・・・。」
僕は客観的に見てそう思った。
でも、この風潮が悪いわけではない。
悪い評価ばっかり飛び交うのならともかく、いい評価だってある。
コアなファンじゃないとお笑いを詳しく分析するなんてしないだろうし、修行中の芸人さんだっていい評価・悪い評価両方を望んでいるはず。
これは、「普通の事」なんだと思う。

嫌だったのは、僕自身だった。
僕自身だって心の中とはいえ、短い感想で片付けている。
自分自身もそうなのに、そこに不満を覚える理由なんかないはず。

そんなことを深く考えているうちに、ひとつの疑問が浮かんだ。


「そこまでお笑いのことで思いつめてお笑いを見ても、楽しいか?」・・・と。


確かに楽しくない。
僕は、「お笑い」が心底好きだ。
だからこそ、もっとお笑いのことを知りたいし、楽しみたい。
ただ、それは心の中にこびりついた邪念を取り払わないと無理だ。絶対無理だ。
その頃の僕は、ハマり過ぎてしまったゆえの「壁」が目の前にあった。
不器用で考えすぎな気のある僕だからこそ出来た壁かもしれないが。


そして僕は、ひとつの考えにたどり着いた。


とにかく
「楽しもう」と思った。

それは「昔のような気持ちになる」ことと一緒じゃないかと思われるかもしれないけど、そうじゃない。
今のスタンスを保ちつつ楽しもうということだ。

僕は一組一組の芸人さんの特徴を頭の中で分析してしまうほどお笑い好き。
昔はそんなところまで考えなかった。
一組一組を考えることの楽しさまでは捨てたくない。

変えたのは、考え方。

僕は、一組一組を考える際に、シビアな考えを一切捨てた。
たとえどんなネタであっても、
楽しんで見る努力をしようと思った。

たとえば、松竹芸能所属の「のろし」というお笑いコンビがいる。
オンエアバトルでも400台のオンエアをいくつか出しているコンビだが、オンバトに出だした当初は周りからいい評価を受けていなかった。
昔は主に「歌ネタ」が中心だったため、ノリと勢いでもっていってる部分が多かったからだと思われる。
だけど、僕は嫌いではなかった。
「のろし」が出だした頃から僕は考え方を変えていて、「このコンビにはいいところがある!」と思っていた僕はそれを探った。
周りの評価はともかく、僕自身はのろしを楽しんで見ることが出来た。
ハードルが格段に上がっていた昔よりも楽しめている感覚がした。

この考え方が正しいかどうかは分からない。
いってしまえば、「お笑いに対して甘くなる」ということだと思う。
「好きだからこそ、シビアな考えを持ちたい」という人もたくさんいるはず。

ただ僕は、お笑いが自分自身を救ってくれたから、もう上から目線はしたくない。
救われたからこその自分なりの態度をとりたい。

それを行ううえでもう一つ変えたこと。
それは「自分中心の考え」をやめたことだ。

たとえば、「自分的には合わない」とか「個人的には面白くない」といった考えは、お笑いファンに限らず何らかのファンな方は誰しもあるはず。
ただ、「これは売れない」「これはダメだ」的な意見だと、まるで自分がお笑いを分かりきった人であるかのような意見になる。(少数ですけどね)
僕も高校の頃にその節はあった。

僕はその邪念を一切取り払った。
たとえ自分に合わずとも、舞台に立つ芸人さんたちを全て尊重する気持ちを忘れずに見る。
そして、あくまで「自分の視点」そして「一ファンとしての視点」で考え、分析する。
どんな意見をするときも、またそれに多少の批判が含まれるときも、あくまで「自分は下」と考える。

芸人さんは「お客様は神様」という気持ちでネタを行っているだろう。
僕の場合は
「芸人さんは神様」
僕を救った「お笑い」の世界をひた走る芸人さんたちに、上から目線で物が言えるものか。
高校の頃こそ思春期真っ盛りのひねくれたガキだったからこそ心の中に偉そうな自分がいたが、今なら芸人さんたちを尊重する気持ちを持てる。
そして、お笑いから学んだこの理論は、そのほかの趣味にも活かしていきたいと思う。


「お笑い」とは、人を笑わせる仕事。
笑うということは、心から楽しい気分になること。
「芸人さん」はそういう気分にさせてくれる人たち。

それなのに、不満を覚えるのは何か矛盾しているかもしれない。
シビアな考えもありだし、そういう人たちがいないと面白くない。
ただ、僕はあえてシビアな気持ちを抑え込む手を選んだ。
小学生、中学生の僕を楽しませてくれて、今の僕が楽しめないなんてことはおかしいと思うから。
昔のような気持ちに戻れなくても、そういう気持ちにさせてくれた思い出は大切にしないといけないと思うから。


僕にとってのお笑いとは
「お笑い」
ごめんなさい。頭の悪い結論で。

たとえようにも僕の頭の悪さじゃたとえられない。
じゃあ、「お笑い」で良いじゃないかと。


だって、笑いたいから。笑わせてもらいたいから。


(2008 1/15)



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