2 旧友
「バイトまでちょっと時間があるかな・・・。ゆっくり行こうっと。」
あげはは歩くペースを少し落とし、いつも通うバイト先までの道をゆっくりゆっくり踏みしめながら歩く。
まだ青い空を見上げ、夕暮れの涼しい風を受けながら気持ちよさそうな顔で歩くのを楽しむ。
そこに、風にあおられたらしき新聞紙が一枚、あげはの足元にひらりと舞い落ちた。
「あり・・・誰かが読み捨てたのかな?」
その新聞紙は5日前のもので、テレビ欄と三面記事の載っている面だった。
あげはは、それを拾って何気なく三面記事のほうを広げて読んでみた。
『中国に襲撃!謎の黒き襲来者 宇宙外生命体か?』
見出しには大きくそう書かれてあった。
記事の内容も、中国本土の3つの街が襲撃されたこと、空を飛ぶ黒い生命体が無数に目撃されたことなどが細かく書かれていた。
死人も十数人出ており、凄惨な状況におかれているらしい。
「ああ、そういえばテレビのニュースでも大きく取り上げられていたっけ・・・。
怖いなぁ・・・。ここは平和だけど、もうどこが襲われてもおかしくない状況だってテレビでもいってたよね・・・。」
あげはは左手で肩を抑えながら身を震わせた。
無理もないだろう。宇宙外の生命体なのかもしれないものが人々を脅かしているこの状況を、安心して見過ごせる人間はめったにいないはず。
いつこの街が襲われるか・・・今の時代は誰もがそういう思考を普通に頭をよぎらせるのである。
ペースは変わらず、ゆっくりと新聞紙を読みながら歩いていると、あげはの耳に「キイ・・・キイ・・・」という音が飛び込んできた。
新聞を読んでいるうちに、公園の前を通り過ぎようとしていた。
あげはが向いた音の先には、二人分ぶら下がっているブランコのひとつに高校生くらいの年と思われる少年が、軽く俯き片手だけで鎖をグッと握り締めてゆらゆらと漂いながら座っていた。
あげはは、彼の面影にすぐに反応し、大声で彼の名前を呼んだ。
「ト・・・トモル君!?」
少年はその声の方向へふっと顔を上げると、あげはの顔を見たとたんに腰を上げ、立ち上がる。
「し、城井?城井か!?」
「やっぱり!久しぶり〜!」
二人は駆け出しながら近づいて、久しぶりの出会いを驚きながら分かち合った。
「もう2年ぶりか?俺が転校してから。」
「そのくらいだねぇ。ホントに懐かしいなぁ。ふふっ。」
彼の名は真道トモル。
あげはと同じ中学に通っていた同級生だった。が、中学3年生になりたての頃に両親の都合で転校していたのである。
青い髪に、古着と思われるシャツとジーンズを着こなしている。
あげはは、あることを思い出そうと必死で頭の中から引き出そうとする。
「えっと、確か・・・えーと・・・シティ・・・なんだったっけ?」
「CITY-NO.5。俺の住んでいたところだろ?」
「あー!そうだったねー!・・・あれ?『住んでいた』ってことは・・・?」
「ああ。またこっちに戻ってきたんだよ。3週間くらい前にな。」
「ええ!?」
あげはは心から驚いた。
なぜなら、彼の住んでいた都市『CITY-NO.5』は「理想都市」と呼ばれており、日本ないでは屈指の「楽しく、安全に暮らせる街」として有名だったのだ。
対して、ここ北城市はありふれた街並みで、人々が描く理想とはかけ離れている。
「どうして!?あそこって理想都市なんでしょ!?」
「向こうでは、散々楽しんだ。もう充分だよ。両親は向こうに残って、俺はアパートを借りてひとり暮らししてるよ。」
そう答えたトモルは、辺りを見回しながら一呼吸おいて、こう話した。
「俺はな・・・ここのほうが理想なんだよな。落ち着くっていうかさ。向こうもいい街だったけど・・・せわしなくてな。向こうで暮らすのに疲れたんだよ。」
「へえ・・・?ここってそんなにいい街?確かに落ち着いてて、私は好きだけどさ。」
疑問の表情を浮かべるあげはを見て、トモルがふっと笑顔を見せる。
「あ、あれ?私、顔になんかついてる?」
「ふふ・・・いや、そうじゃないんだよ。本当に懐かしいなって思ってさ。変わってないな、お前も・・・。」
「えー?トモル君だって全然変わってないよー。その格好とかさー。」
あげはは、トモルの懐古的な服装を指差した。
「俺はこういう年代モノの服が好きなんだよ。こっちのほうが落ち着く。」
「ふふっ、ホーントに古風だよねぇ。」
あげはにくすくすと、優しい笑いがこみ上げる。さっきまで落ち込んでいたのが嘘のように。
ふと、トモルがあげはの持っているものに反応した。
「あれ?お前、新聞なんか読むのか?」
「え?あ、いやいや!これは偶然拾ったもので・・・。」
あげはが握っていた新聞を広げると、トモルの目に中国が襲撃を受けたニュースの記事が飛び込んだ。
トモルはそれを見て、軽く俯く。
「嫌なニュースだよな、それ。」
「あ・・・これ?うん・・・。」
「宇宙外生命体・・・昔は信じられない話だったらしいけど、今じゃかなり現実味を帯びているんだよな。」
「うん・・・。ねえ、トモル君。」
「何?」
「トモル君はどうする?もし、この街が何者かに襲われたら・・・。」
トモルは戸惑った。
彼は安心して暮らせる街で暮らしていたせいか、「戦争はあっても自分は助かるだろう・・・。」そう思って暮らしていた。
自分の街に甚大な被害が及ぶという実感を、うまく感じなかったのである。
しかし、彼は世界に飛び交うさまざまなニュースを見ていくうちに、徐々に危機感を感じ始めていたのである。
――――。
20秒ほど、沈黙が続く。
そして、トモルがゆっくりと口をあけて思いを口に出す。
「許さねえよ・・・んなことされて許すわけがない。でも・・・俺がそう思ったところで無駄なんだよな。
俺には何の力もない。武器もない。どんなに抗っても潰されるだけだ。
たぶんその立場に立ったら・・・悔しくてしょうがないだろうな。」
「・・・・・・。」
あげはは、返答が出来ずに俯いていた。
思わず、手が震えてしまいそうになったが、新聞をぐしゃっと握り締めて恐怖をごまかした。
「あ、あはは、ダメだよね!久しぶりに会ったのにこんな暗い雰囲気じゃ!ごめん、変な質問して・・・。」
「い、いいんだよ。俺のほうこそ・・・。」
その時、あげはの後ろから突然、聞きなれた声が響いた。
「おーーーーーーい!あげはー!」
「にゅ?・・・あ、有坂さん!」
あげはが振り向いた先には、背が高く金髪の派手な男性があげはに向けて手を振っていた。
「ごめんね、トモル君。あたし、バイトだから行かなきゃ!今度連絡先教えてね!」
「お、おう。」
「それと・・・はい、これあげる!」
あげはは、さやかにもあげたスイカの飴玉をトモルに渡した。
「あ、ありがと。」
「じゃあねー!」
あげはは、手を振った男の元へとかけていき、二人でバイト先のほうへと歩いていった。
トモルは、それを眺めるように見届け、もらったスイカの飴玉をポケットの中に入れた。
「(・・・・・・あいつ、元気にやっているみたいだな・・・。よかった・・・。)」
トモルは、ほっとした表情をだして再びブランコに腰を下ろした。
そして再びブランコを揺らし始めた時・・・。
ビュオッ!!
突然、冷たい突風が吹き上げ、公園の砂を巻き上げた。
トモルはそれに巻き込まれ、砂埃をまともに受けてしまった。
「ごほっごほっ・・・急に風が出てきたな・・・。なんだってんだ・・・。」
そうつぶやきながら東の空の上空をふと見上げる。
「・・・・・・・!!!」
トモルの目に、そこにいるはずのないモノがはっきりと写りこんだ。
そこには、人型の白い体を持つ、明らかに人間とは思えない風貌をしている「生物」が、微動だにせずに宙に浮いたまま佇んでいた。
「くっ・・・!!」
トモルは、目に入り込んだ埃を腕でこすり落として、再び東の上空を見上げた。
しかし、そこには先ほどの「生物」の姿はなかったのだ。
「く・・・くそっ!!まただ!!また『アイツ』の幻影がっ・・・!!いつまで俺に付きまとうつもりなんだよ!!」
トモルは頭を抱え、髪をくしゃくしゃに乱しながら苦しんだ。
彼を苦しませる幻影。
いや・・・果たして幻影なのか―――?
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