3 V・B・R




バイト先へ向かうあげはとその隣の男性。

彼の名は有坂紫。あげはのバイト先、「V・B・R」の若き社長である。
子供の頃からウエディングドレス製作の仕事に携わっていた。
買い物をした帰りに、あげはを見つけて声をかけたらしい。

紫は、あげはに公園での状況を確かめる質問を投げかける。

「なあ。さっき誰と話してたんだ?」

「真道トモル君。私が中学校の頃の同級生だよっ。」

「へえ・・・。お前にも男友達っていたんだな。」

「そ、そりゃいるよー!」

「あははは。」

そんなたわいもない会話を交わしているうちに、目的の「V・B・R」へとたどり着いた。

V・B・R(ベルベット・ブルー・ローズ)―――。
立派な門に広い庭のつき、西洋風のたたずまいをしている建物。
庭には広い花壇もあり、赤、白、黄色のきれいな色をつかせて咲いている。

あげはは、二人でその門をくぐったあと、いつもここで問う質問をした。

「有坂さん、今日は何をすればいい?」

「んー・・・。今日は特に忙しくないからな・・・。部屋の中の整理とか頼むわ。」

「はいっ!分かりましたぁー!」

元気な声で返事をしたあと、玄関のほうへとかけていった。
そして、玄関を開けようと手をかけようとしたときに、急に玄関が「バンッ!!」と開いた。
そして、そのドアを開けた黒髪の男性が、急にあげはのほうへ飛びついてきた。

「あ・げ・は・ちゃ〜〜〜ん!!」

「ぎゃー!!く、黒峰さん!!」

すぐさまあげはに抱きついてきたこの男性は、黒峰巳艶。
中学校の頃から紫のパートナーを努めていて、ドレスのパターンを引く仕事を勤める男だ。

二人にすぐさま紫が近づいて、巳艶の服を後ろから思いっきり引っ張って引き離した。

「ったく、セクハラも大概にしろ、ボケ!」

「やっだなぁ、紫君。ヤ・キ・モ・チ?」

「気持ち悪いんだよ!!」

そういって、紫は巳艶の頭を思いっきり引っぱたいた。
V・B・Rではこのような光景は日常茶飯事である。

「もー、黒峰さんたら。」

「あはは、ごめんごめん。・・・あ、そうだ、あげはちゃん。仕事する前にあの子にエサ、あげといてくれる?」

「あ、うん、わかった!」

あげははすぐさま部屋の中のテーブルの上にカバンを置き、「あの子」のいる2階へと行く階段をかけていった。

紫と巳艶は、フウと一息をついて部屋の中のソファに腰を下ろした。
そして、紫の表情が急に曇り始めた。

「・・・なあ、ミツ。」

「なーに?紫君。」

「俺達はいつまで隠せばいいんだろうな・・・。」

「・・・さあね。終わりが来るまで、じゃない?」

「・・・・・・・。」

巳艶の返答のあと、紫は黙ったまま俯いてしまった。

ふと紫は、目の前のテーブルにおいてあったあげはのカバンのそばにおいてあった、くしゃくしゃに丸まっている新聞紙を発見する。
紫はそれを広げ、例の中国でのニュースが載っている三面記事を読んだ。

「・・・・・・・。」

紫は、何も言わなかった。何も発言せずに黙々とその記事ばかりを見つめていた。
そして、表情はますます曇り、つらそうに新聞紙を持っている手に力を入れた。

それを見つめていたミツが、

(バシッ!!)

「あいったあ!!!」

紫の頭を、平手で思いっきり引っぱたいた。
紫は、痛そうに手で頭を抑える。

「紫君、考えすぎないの。」

「ミツ・・・。」

「もうどうしようもないんだからさ。後戻り出来ない・・・。黙ってれば、彼女は大丈夫。吹っ切れるしかないよ。」

それを聞いて、紫はコクンと、浅くうなずいた。

しかし、彼には引っかかることがあった。
なぜ、あげはがこの記事の載った新聞紙「だけ」を持っていたのか。
あげは自身も、この世界の危機に気づいているのでは―――。
それを考えると、紫は胸を締め付けられるような思いになり、新聞紙をグシャッと握り締めてそれを押さえ込んだ。






そのころあげはは、「あの子」のいる部屋に入り、その「あの子」と話していた。

「おんぷちゃ〜ん!元気だったぁ?」

「キュウ!キュウー!」

あげはが来てくれた事に喜び、鳥かごの中で羽をばたばたとさせている「あの子」とはこのインコのような鳥、「おんぷ」である。
体は緑、羽は水色、首元には白い花が咲いたように羽がついていて、顔と尾っぽが黒い変わった鳥である。
何より一番の特徴は、名づけた名前のとおりの形をしているその頭の形だろう。
頭から八分音符のような長く黒いとさかが生えていて、まさに「おんぷ」である。

「じゃ、エサあげるからねー。」

あげはは、部屋の棚の引き出しからおんぷ用のエサを取り出す。
そして、鳥かごの入り口を開けて、中にある皿にえさを入れた。

「・・・こんなもんで良いかなっと。さ、たくさん食べてね〜。」

「キュウ〜!」

おんぷは、喜んでそのエサをつつくように食べ始めた。

「ふふっ、かわいいなぁ・・・。」

「オイシイ!オイシイ!」

おんぷはそう感想を言った。そう、おんぷは九官鳥のように人の言葉を話せるのだ。
しかも、九官鳥よりかなり順応性は高いらしい。

「そう?よかったねー。」

あげははやさしい口調でそう返した。

「さ、仕事仕事!」

そういって、あげはは紫たちのいる一階へと駆けていった。
おんぷは顔を上げて彼女を見送ったあと、再びエサに集中してエサをつついた。







そして、夜もふけた頃。
時刻は19時30分。



「よーし。あげは、そろそろ帰れ。親も心配するからな。」

「あ、はーい。」

紫の呼びかけで、整理していた手を止め、制服についた埃を手で落とすあげは。
紫はそれを見て、

「ちょっと待て。」

「ほえ?」

紫に呼び止められるあげは。
紫は、部屋の隅にある鏡つきの引き出しを開けて、そこから何かを取り出し、あげはに近づいた。

「じっとしてろよ。」

「へ・・・は、はい・・・。」

そういうと、紫は取り出した「埃とり」であげはのスカートについた埃をきれいに取り除き始めた。
しゃがみながら、片手でさっさっとすばやくとっていく。

あげはは、固まったまま顔を赤らめていた。

「(ひゃー・・・な、なんか・・・ドキドキするよう・・・。)」

その胸の高鳴りは、前から去来していたもの。そう、彼女は彼に恋をしているのだ。
彼のことを徐々に知りだしてから芽生えた気持ちは、今でも根付いている。むしろ、その気持ちは時がたつごとに膨らんでいるのだ。

「よし、取れたぞ。」

「あ、ありがとうございますデス。」

あげはの照れた顔を見て、くすっと笑いかける紫。
その顔を見て、あげはは更に気持ちが高鳴った。

「(うひゃ〜・・・・・や、やっぱり素敵だよう・・・。でも・・・。心なしか少し元気がないような・・・。)」

紫は、まださっきの不安な気持ちを引きずっていたようだ。
そして、あげはに少し苦い顔をしてある報告をする。

「あー・・・すまんけど・・・また明日から店を空けるんだよ。4日くらいな。」

「えー!?また出張!?」

「あ、ああ・・・ごめんな。お前はまた5日後に頼むわ。」

「・・・あまりここでの仕事はないのに、出張は多いね。何か大変な仕事をしてるの?」

「あー・・・まあそんなもんだ。」

「わ、私も手伝うことがあれば・・・。」

「バーカ。お前は学校があるだろ。それに俺達だけでできる仕事だ。心配すんな。」

紫はそういって手の甲であげはの頭を軽くコツンと小突いた。
あげははそれを受けて少しさびしそうな表情を浮かべた。

報告を受け取ったあげはは、バッグからす以下の飴玉を取り出して、紫に差し出した。

「有坂さん、はい!これあげるー。5つあるからみんなにもあげてよ。」

「スイカの飴?お前、変わったの好きなんだな。」

「結構おいしいんだよ?」

「ふうん・・・まあいいや。サンキュな。」

あげはは、紫の手のひらいっぱいにスイカの飴玉を渡した。

「気をつけて帰れよー。」

「うん。じゃあね!また5日後!」

そういって、あげはは手を振りながら玄関を閉めた。
それを目で見送り終わったのと同時に、後ろからいつも耳に入れる声を聞く。

「ゆーかりっ。」

「ん?・・・なんだ凛々子、いたのか。」

「いたのかはないでしょーが。それに、名前の下で呼ぶのいい加減やめない?私はあなたの『お母さん』なのよーう?」

「うっせーよ。おまえは凛々子でじゅーぶんだっ。」

紫に話しかけた彼女の名は有坂凛々子。
紫の母に当たる人物だが、実は生みの親は別にいて、彼女は父の再婚相手なのである。
つまり『義理の母』なのだ。
紫とは、幼馴染の年上の姉貴のような存在だった。

しかし、凛々子は急に笑っていた顔を急に真剣な顔に変える。

「それより・・・明日また本部のほうへ行くわよ。」

「ああ・・・わかってるよ。」

「向こうも結構ゴタついてるみたいでね・・・明日は3時ごろ出るから、今日は早く寝なさいよ。」

「うん・・・。ミツは?」

「巳艶ならもう寝たわ。緊張感のない表情でいびきまでかいてぐっすり寝てるわよ。緊張感のない野郎よねぇ。」

「・・・ホントだな。」

紫は、呆れ顔で苦笑した。

(プルルルルル・・・)

突然、携帯電話の着信音がなる。どうやら凛々子のものからのようだ。

「あら、電話だわ。(ピ)もしもし?・・・うん・・・大丈夫よ、明日行けるわ。・・・うん、わかった。
 紫。幸ちゃんがあなたに代わってって。」

「大河さんが・・・わかった。」

紫は凛々子の携帯を受け取る。

「もしもし?大河さん・・・ええ。はい・・・覚悟は決めているつもりです・・・。」




紫が電話で話している間、凛々子は自分の部屋に戻り「ある物」を探していた。

「・・・ないなー。アレが・・・困ったな・・・別に重要なものじゃないんだけど、毎日の日課だったのにな・・・・。」

ある程度探したが、一向に見つからなかった。
その「ある物」は、一週間くらい前から探しているが、未だに見つかっていなかったのだ。
凛々子は、フウとため息をついてベッドに腰を下ろした。

「まあいっか・・・。また新しく買おう。」




しばらくして紫は、大河という人物からの会話を終わらせて、借りていた携帯を返しに凛々子の部屋をのぞきこんだ。

「凛々子。電話終わったぞ・・・あれ?」

凛々子はベッドに横たわったまま、眠りについていた。
足は座ったままの体勢で、ベッドからぶら下がったようになっている。

「ったく、しょうがねーな。」

紫は、凛々子の机に携帯を置いたあと、彼女の体を抱き上げて布団の中へ入れた。
しっかり手で布団をかぶせてあげて、頭もきちんと枕の上に乗せる。

「・・・ん。紫・・・。」

「わっ!」

急に名前を呼ばれて驚いて、体を少し仰け反らせる紫。
しかし、彼女の眼はしっかり閉じている。どうやら寝言のようだ。

「何だ、びっくりさせやがって・・・。」

「紫・・・。ごめ・・・ん・・・。」

「・・・・・・!」

紫は更に驚いた。

凛々子は眼に涙を浮かべながら、紫へ謝ってきたのだ。
眼をしっかりとつぶったままなのでこれも寝言だろうが、紫にはその謝意の意味がしっかりと分かっていた。
紫は、彼女を慰めるように頭を軽くなでた。

「バカ野郎・・・お前が謝る必要はねえよ。」

そうつぶやいて、紫は自分の部屋へと戻っていった。




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