4 悪夢
あげはの家―――。
少し洋風のつくりの、ごく普通にある家である。
あげはは、パジャマ姿で頭にはバスタオルをかぶせて、髪を拭きながらベッドの上に体育座りで腰を下ろしていた。、
長い髪を、乱さないように鏡を見ながら丁寧に拭いていく。
「ふう・・・。」
ため息をついたと同時に、髪をきれいに吹き終わる。
あげはは、バスタオルをかぶったまま机のうえにあった写真立てを手に取った。
そこには、花嫁姿をした女性と白いタキシードのような正装をした男性の間で笑って映っているあげはの姿があった。
「ふふ・・・お姉ちゃんたち、元気に暮らしているかなぁ。」
花嫁姿の女性は、あげはの姉の「大原ひばり」。
先月写真に写っている男性「大原誠」と結婚したばかりである。
写真は披露宴を終わった後に3人で撮った記念の写真である。
二人は現在、実家を離れて二人暮らしをしている。
「お姉ちゃん・・・きれいだったなぁ。女の子にここまで素敵な思いをさせるお仕事・・・。
それに関わってるんだなぁ、あたしって。」
あげはは、自分が大事な使命の手伝いをしていることを、とても誇りに思っていた。
自分の好きなことにかかわり、心からそれを楽しむことになんともいえない幸福を覚えていた。
「さて、そろそろ寝るか・・・っと。」
あげはは、腰を上げて蛍光灯の紐を引いて、あかりを消した。
そして、布団に入りゆっくり目を閉じて意識が眠りつくのを待つように心地よく呼吸を繰り返す。
3分もしないうちに、意識は眠りについた。
「――――。」
「――――げは・・・。」
「あげは・・・。」
(何?声が聞こえる・・・?誰?)
「あげは・・・危ないぞ・・・早くこっちに・・・。」
(有坂・・・さん?こっちにって・・・・・・何・・・?)
タタタタタタ・・・。
ビュンッ・・・。
ドガアアアアアアアアアアアン!!
「うあああああああああああああ!!」
(あ、有坂さん!?どうしたの!?ねえ、何が・・・・・・なんなん・・・・・・・。)
「はっ!!!」
あげはは、飛び上がるように上半身を起こした。
「夢・・・?」
そう、すべて夢だった。
暗闇の中で、聴きなれた、彼女を呼ぶ声がする。声の主は一生懸命にあげはに「来い」と命令をする。
そして、何かが弾かれるような音。何かが飛んできたような風を切る音。そして爆発音・・・。
声の主の、断末魔のような叫び声。
暗闇のまま何が起こっているかもわからず、その場で苦しむしかなかったあげは。
すべて、あげはが寝ている間に頭の中で起こった出来事であった。
あげはは、体中にびっしょりと汗をかいていた。
それにもかかわらず、背筋には凍るような寒気が襲っていた。
顔は、夢の中で起こった惨状に恐怖を覚えたせいか、すっかり青ざめている。
「こ、怖かった・・・真っ暗だったけど、声が聞こえて、音が聞こえて・・・。
すごく、リアルな夢だった・・・。体・・・震えてるや・・・。」
あげはは、自分の体がこれほどに夢に反応していることにさえも怖がっていた。
ただ事じゃないのでは・・・。そうとすら思えてきた。
時計の針は4時半をさしており、まだ日も出ていないが空は少し明るみを出している時刻だった。
ふと、窓のほうに目をやると、少し窓が開いていた。
「あ・・・窓に鍵するの忘れてたっけ・・・。」
あげはは、まだ震えが止まりきっていないその手で窓を閉めようとした。
すると、窓の下のベッドの上に、無造作に本がおいてあった。
「あれ・・・?何だこの本?」
あげはは、見覚えのないその本を手に取った。
その本は、日記で使われているようなタイプの本らしく、鍵がついている。
表紙にはタイトルも名前も書かれていない。
あげはは、開こうとしたがしっかりと鍵がかかっていて、開けなかった。
「なんだろう・・・。なんで見覚えもない本がこんなところに・・・?」
不思議そうにその本を見つめていると、外から急に甲高い泣き声が響いた。
「キューッ!!キューッ!!」
「・・・!?」
あげはは、その声を聞きなれていた。
あわてて窓を開けると、そこには彷徨うように空を飛んでいるおんぷの姿があった。
なぜ、紫たちが飼っているはずのおんぷがこんな時間にこんなところに―――。
あげはは、すぐさま身を乗り出しておんぷに呼びかけた。
「おんぷちゃんっ!!」
「キュウ!?」
あげはの声におんぷは気づき、すぐさま声の方向へ振り向いた。
その時だった――――。
(ヒュンッ!!!)
「・・・・・・・・・!!?」
「キュ!?」
一瞬だった。
上空から、あげはとおんぷの間を割り込むように、謎の男が舞い降りてきたのだ。
「あ・・・ええ・・・・・・?」
あげはは、言葉にもならなかった。
その男は、宙に浮いたまま腕を組んで微動だにせす静止している。
更に、紫の服にマント、頭にはターバンという格好。
極めつけは、人間とは思えないような緑色の顔に、これも人間とは思えないような腕の色、そしてその筋肉がむき出したような不気味な形。
何もかも、あげはにとって未知ともいえる存在感を持つ男だ。
謎の男は、低い声であげはに問いかけた。
「シロイ・・・・・・アゲハ・・・・・・・だな?」
あげはは、恐怖感で言葉で返事が出来ず、コクンと一回うなずいた。
男は、手に持っていたものをあげはに見せ付けるように前に突き出した。
それは、鞘にしまってある剣だった。
洋風の雰囲気の漂う剣で、鞘も柄も白い色をしている。
鞘には赤い色と青い色をしたきれいで透き通った石が、砕かれてちりばめられたように鞘を鮮やかに彩っている。
柄のほうには、白く輝く多くなダイヤモンドのような石が埋め込まれている。
すると、その剣は男が前に突き出した途端に、やさしい光を放ち始めた。
「え・・・?何・・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・最終確認だ・・・。」
ポツリとそうつぶやいたその男は、その剣を放り投げるようにあげはのほうへ渡した。
あげはは、あわてて片手で抱きかかえるようにその剣を受け取った。
「わわっ・・・・・・。・・・・・・・・!!」
受け取った瞬間―――。
パアアアアアアアアアアアアアアアアアア―――。
鮮やかで白いがあげはを包み込んだ。
その光は全くまぶしくなく、不思議と暖かかった。
悪夢で心身ともに震え上がった体を、やさしく癒してくれるような感覚を、あげはは感じた。
「あ・・・あれ・・・・・・?」
あげはの眼からは、ぼろぼろと涙が流れていた。
それと同時に、心の中に喜びとも悲しみともいえない「何か」を感じていた。
やさしさに触れて感激しているのか、いきなりの出来事で心が驚いて感情に反応を起こしたのか・・・よく分からなかった。
「間違いない・・・。お前か・・・・・・!!」
男が何かを確信したように、そう言い放った瞬間―――。
ヒュッ
ドスッ!!
「う・・・ぐ・・・っ!?」
男は、一瞬にしてあげはに近づき、彼女の腹に拳を入れた。
あげはは、苦しむ間もなくふっと意識を失い、気絶してしまった。
男は、あげはが左手に持っていた本を手にとり、剣を自分の腕にはさみ、肩に乗せるようにあげはを抱えた。
「キュー!!!キューーーーーーーーー!!!」
後ろから、あげはに危機が及んでいることを察知したのか、おんぷが激しい鳴き声を放っている。
男は、それを見てこの鳥がただの野生の鳥ではないことにすぐに気づいた。
「・・・チッ。」
男は、ズボンに本を入れて、顔の正面からおんぷをがっしりとつかんだ。
「キュ、キュ〜〜〜〜〜〜〜!」
おんぷは、苦しそうに鳴いている。
大きな声で鳴かれないように、くちばしを押さえ込んでいるのだ。
男は、ふわりと上空に上がり、目的地への方向を見据えると、猛スピードをあげてその方向へ飛び立った。
そのスピードは尋常じゃなく、あっという間に北城市を離れてしまった。
あげはの眼にはまだ涙がたまっていて、一筋の雫が頬に流れた。
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