6 見えぬ運命
「・・・・・・ん・・・・・・。」
あげはは、ふっと眼を覚ました。
まだ、悪い夢の続きを見ていた―――?
ふとそう考えたが、布団の感触や、周りの空気が家の中にいるときのものとは違うことにすぐに気づく。
意識を戻しても、何を先に考えればいいのかわかんない―――。
そんな状態のまま、あげははゆっくりと体を起こした。
辺りを見渡すと、自分の部屋とは全く雰囲気の違う、簡素な雰囲気の部屋にいた。
特に物が置いていない机に、ベッドと白地の布団。
部屋の広さから見ると、一人用の部屋のようだ。
「ここは・・・どこだろう・・・。」
あげはは、ぐちゃぐちゃになってしまった頭の中をスッキリするために、出来事をゆっくり考えて整理した。
「たしか・・・変な夢を見てしまって・・・起きて・・・。見覚えのない本がおいてあって・・・。
窓の外にはおんぷちゃんがいて・・・。妙な男の人が現れて・・・。えーと・・・。」
頭を抱えながら考えていると、ふとベッドのそばにあったパイプ椅子に、本と剣がおいてあるのを見た。
その本は確かに部屋にあった見覚えのない本。そして剣も、男から手渡されたもの。
その記憶も、あげはの頭の中に明確に思い出された。
そして、あげはは一連の出来事が本当に起こった・・・。そのことを身に感じていた。
「・・・・・・・・・・・・。」
あげはは何も言わずに、うつむいたまま固まってしまった。
無理はない。本当に起こった出来事だという事実を知っても、それを受け止められるほど強い人間はそういないだろう。
(ガチャ・・・)
そっと、静かにドアが開いた。
「あ、起きたんだ。よかった・・・。」
そこから出てきたのは、片手に取っ手のついているカップに入れたスープを持ってきたカトルだった。
「はい、コーンスープ。今ご飯も用意してるから。とりあえずそれで暖まってよ。」
「あ、ありがとうございます・・・。」
あげはは、カトルからスープを受け取り、ほんの少しすすった。
心から冷えた体が少し暖まったのを感じたあげはは、少し安心感を感じることが出来た。
カトルは、ほっとした表情で胸をなでおろした。
が、それと同時に、聞きたいことがあるが聞きにくいことに複雑な心境も持っていた。
しかし、彼から切り出す前にあげはから質問をされた。
「あの・・・ここは一体どこなんですか・・・?」
「ここ?ちょっと言いにくいけど・・・ここはモンゴルの軍事基地だよ。」
「も・・・モンゴル!?」
あげはは、驚きを隠せなかった。
日本から急にモンゴルへと飛ばされたのだから、当然のリアクションである。
「君・・・見たところ日本の人のようだね。」
「え、あ・・・はい・・・。」
「そうか・・・。」
カトルは、少し間を空けて、真剣な表情へ変えた後に、淡々とあげはに語り始めた。
「今の君からここへ来なきゃいけなかった経緯を聞くのはやめておくよ・・・。
でも、僕らが目撃した状況・・・。それだけは君に伝えておかないといけないと思うから・・・言っていいかい?」
「は、はい・・・。」
あげははベッドのそばの机にスープを置き、不安を抑えるように布団をぎゅっと握り締めて、そう返事をした。
「僕と僕の相棒が、テラスで二人でコーヒーを飲んでいてね。急に風が出てきたから部屋に戻ろうとしたんだ。
しかし、戻る途中で気配を感じて、上を見てみると君を担いでいた男がいたんだ。」
「私を担いでた男の人・・・も、もしかして・・・緑の顔の・・・?」
「そう・・・。そして、その男は僕達に君を引き渡した。
突然の出来事だったよ。僕は君のことも知らないし、その男の事も知らなかったから。」
「・・・・・・。」
「その男は、こう言っていたよ・・・。その・・・・・・。」
カトルは、俯いて言葉につまってしまった。
あげはは、カトルの服の袖を掴んで不安そうに続きの言葉を催促した。
「なんて・・・言っていたんですか・・・?」
カトルは、あげはの眼を見据えて真実を放った。
「君のことを『戦う運命にある女』・・・そして、君を『戦える場所へと連れて行ってほしい』と・・・言っていたよ。」
「・・・・・・!!?」
ここへと連れてこられた理由がはっきりと分かった。が、それと同時にあげはの胸に恐ろしいほどの恐怖感が襲い掛かった。
あげはは訳が分からなかった。どうして自分に『戦う運命』があるのか・・・。
「戦う運命」が理由だとはわかっても、なぜそれが存在するのか・・・?
普通の人間、普通の女子高生として暮らしてきた彼女にとって、そのような運命にさらされる理由など、見当もつかなかった。
あげはは、両手でカトルの服を掴んで我を忘れるように問い詰めた。
「なんで・・・!?なんであたしに『戦う運命』があるの!?どうして!?」
「ぼ、僕だってそれを知りたいよ!なんでその男が君を連れてきたのかも、その男が僕達にそういうことを頼んだ理由もぜんぜん聞かされていないんだ!」
「ど、どうして・・・!?あたし、普通の人だよ!?普通の高校生だよ!?
普通の家庭に生まれて育ったんだよ!?親だって普通の主婦とサラリーマンだし、お姉ちゃんだって・・・!!
それなのにどうして!?」
「・・・・・・・・・。」
「な、なんで・・・な・・・・・・うあ・・・あああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」
あげはは、カトルの服を掴んだまま、なんともいえない感情を吐き出すように泣き叫んだ。
なんでこんなところへ連れてこられたのか。誰と戦うのか。なんで戦わなきゃいけないのか・・・。
そのようなことを考える前に、突然訪れた出来事に訳が分からず、あふれる悲しみを吐き出すしか出来なかった。
親とも離れ、友とも離れ、想っている人とも離れ―――。
何もかもと離れ、全く知らない環境へと放り出されてしまい、孤独感をも彼女を苦しめた。
カトルは、何も言わず、何も訊かずに、服にもたれかかるようにしがみつくあげはの頭に両手をそっと添え、そのままじっと動かなかった。
彼女の深い悲しみを少しでも和らげるために、彼女の高ぶる感情が落ち着くまでずっとそばを離れなかった。
「(ピッコロ・・・あなたは何を考えているんだ・・・?彼女の『戦う運命』って・・・なんなんだ・・・?)」
何か悪い予感がする―――。
カトルの心に、そう思わせるほどの不安が去来した。
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