7 そして、針は動く



一方、北城市―――。

時刻は朝の8時半。


トモルは、今日も公園のブランコに乗り、「キイ・・・キイ・・・」と音を鳴らしながら揺らしていた。
心なしか、少し眠そうな顔をしている。

「・・・・・・今日も、あの夢を見てしまったな・・・。くそっ・・・。」

トモルは、片手で頭をかき乱すように抱えた。
夢、そして幻影らしき何か―――。トモル本人も知る由もない「何か」が、彼を苦しめているようだ。

そのとき、トモルの耳にあわただしい足音と息切れが聞こえた。

「・・・はっ、はっ、はっ・・・!!」

その足音の主は、あわてて公園の中に入り、きょろきょろと辺りを見渡した。

「な、何だ、あの男は・・・?」

見るからに、トモルと同じくらいの年恰好をしているその男は、ブランコに座るトモルを見つけざまに、彼に駆け足で近づいてあわてて問いかけた。

「ハア、ハア・・・おいアンタ!ここに高校生くらいの女の子が通らなかったか!?」

「い、いや・・・。俺以外は誰もいなかったけど。」

「ずっとか!?」

「ああ・・・。俺がここに来たのが30分前くらいだったが・・・その間は特に誰も通らなかったよ。」

「・・・・くっそお!!どこいっちまったんだよ!!」

男は悔しい顔を浮かべて、足で地面を踏むように蹴った。
あまりにもその光景が不自然に感じたトモルは、恐る恐るその男に質問をしてみた。

「な、なあ・・・どうしたんだ?」

「ああ・・・実は、その女の子が行方不明になっちまったんだ。今朝急にな。」

「・・・行方不明だって?」

「それで、まだ近くにいるかもしれないから必死に探してるんだよ。そうだ、あんたも探すの手伝ってくれないか!?」

「え!?ちょ、ちょっとまってくれよ!俺、その女って知らないし・・・。」

「大丈夫だ!ピンク色の長髪って言うはっきりとした特徴がある!!」

「・・・・・・!?」

ピンク色の長髪―――。
トモルはその特徴を聞いて驚愕し、一瞬固まってしまった。
この北城市でそこまで目立った髪の色をした女性など、一人しか思い浮かばなかったからである。

トモルは、確認をするために、小声でポツリと「ある名」をつぶやいた。

「城井・・・あげは・・・?」

「!?・・・お前、知ってるのか!?」

男は、すぐさまその名に反応した。

当たってほしくなかった・・・。
そう思っていたトモル。しかし、彼が知ったのは望んでもいない現実だった。

トモルは、男の服の胸ぐらを両手で掴んで、その男に真実を聞こうと怒鳴りたてた。

「ど、どういうことだよ!?アイツが行方不明って!?」

「お、俺だって知らねえよ!俺もその女の子・・・あげはちゃんと親しい俺の親友から聞いて、状況が詳しくわかんねえんだ!!」

「な、なんでだよ・・・俺、昨日アイツに会ったんだぞ!?あの時は明るくて元気で・・・。なのに、なんでだ!?」

「お前、昨日あげはちゃんと会ったのか!?・・・というか、アンタと彼女の関係は何だ!?」

トモルは、男の胸ぐらを離して問いに答えた。

「俺は真道トモル・・・。アイツとは中学時代の同級生だ。」

「同級生だったのか・・・。
 俺の名は兜甲児。さっきも言ったように、俺の親友の女が彼女の親友・・・つまり、あげはちゃんの友達の友達だ。」

お互いの名前と関係を知り合ったところで、トモルは早速疑問に思ったことを口にした。

「さっきも言ったが、昨日アイツにあったときはかなり元気だった。俺と久しぶりに会えたのか感激した様子だったよ。
 俺は、アイツが自分から出て行ったとは思えない。だったらもっと落ち込んでいたはずだ。
 もしかしたら・・・誘拐じゃないか?」

「それが・・・そうともいえないらしいんだよな・・・。」

「・・・どういうことだ?」

「聞いた話によるとな、部屋の着替えが減っていたらしいんだよ。
 しかも、靴もなかった。それ以外にも減っているものがいくつかあったらしい。でも、学校のカバンと制服は残っていた。
 それらのことから、家出なんじゃないかともとられるみたいだ。」

「そ、そんな・・・。あんな明るいヤツが家出なんて・・・!家族で揉めあってたりはしていたのか!?」

「そこなんだよ。彼女の母親も父親も親子の間での確執は『全くない』といっている。
 俺も、彼女が家族をイヤになるというのは考えられないんだよ・・・恐ろしくポジティブな子だったからな。」

「じゃあなんで・・・・・。・・・!?」

トモルは、昨日のやり取りの中で、あげはにひとつ違和感があった部分を思いついた。

「おい、どうかしたか?」

「いや、実は・・・。彼女と昨日会ったときに、彼女が新聞を一枚持っていたんだよ。
 それで、中国であった事件の子とで少し話したんだ。そのときに・・・妙な質問をしてきたんだ・・・。
 『この街が襲われたらどうする?』って・・・。」

「この街が・・・?」

「俺は普通にそのときは彼女の質問に答えた。
 普通の会話として聞かれることなのかもしれない。だけど・・・なんか気になったな・・・。」

トモルは、あげはのあのときの質問、返答を聞いたときの顔を鮮明に思い出した。
あのときに見た、暗く影を落とす表情―――。
心の底で、その影になんともいえない違和感を感じていたのだ。

二人が考え込んでいるときに、再びあわただしい足音と息切れが聞こえてきた。

「ハア、ハア・・・。こ、甲児君・・・!!」

息切れして苦しそうな表情で二人の下に駆け込んできたのは、さやかだった。

「さやかさん!いたか!?」

「ダメ!同級生に片っ端から電話したけど、誰も心当たりがないって・・・!
 あげはちゃんが行きそうな所も探したけどいなかった・・・。」

「くそっ!他に手がかりはないのか!?」

悔しそうにブランコを支える鉄の棒をガァンと殴る甲児。
さやかは、ふと甲児の隣にいる存在に目がいった。

「甲児くん、その方は・・・?」

「え?ああ、この人は真道トモルさん。あげはちゃんの同級生だった人らしいんだ。」

トモルは、軽く一礼をしたあとに、何よりも気になった情報をさやかにたずねた。

「聞きたいことがある。城井がいなくなったのをあんた達が知ったきっかけは何だ?どういう状況だったんだ?」

さやかは、深呼吸をして気持ちを落ち着かせたあとに、自分が出くわした状況を語り始めた。

「・・・私がいつもどおりに学校へ向かおうと家を出ようとしたときに、一本の電話がかかってきたの。
 相手はあげはちゃんの母親だったわ。ひどく取り乱していた様子だったわ。
 そこで事情を聞いて、片っ端から友達に連絡したの。何人かの友達が今も探してくれてると思う。」

さやかが不安をぬぐい取れない表情でそう話すと、今度は甲児が口を開いた。

「俺はさやかさんとは別の高校だ。でも、バス停まではよく一緒に歩いてるんだ。
 それで、今日も一緒に以降とさやかさんの家の前に行ったが、様子がおかしかった。
 事情を聞いたんで、俺も探していたわけだ。」

トモルは、二人の話を聞いてもまだ納得がいかなかった。
だが、納得いくいかない以前に、いなくなっている事実は事実。
見つけなければいけないことに変わりがないことをトモルはすぐに気づいた。

トモルは、さやかに質問を投げかけた。

「け、警察には連絡したのか!?」

「いいえ、まだしていないらしいわ・・・。でも見つからなければ警察に頼るしかないかも・・・。」

それを聞いて、トモルは公園の出口へと駆け足で向かっていった。
甲児は、走っていく彼に大声で呼び止めた。

「おい、どこへ行くんだ!?」

「・・・俺が思い当たる場所を探してくる!」

そういい残して、トモルは全力に近い駆け足で道路に出て、あっという間に二人の視界から消えていった。
さやかは、それを見てポツリとつぶやいた。

「あの人、必死だったわね・・・。あの人にとってもあげはちゃんは大切なんだ・・・。
 何で・・・なんでいなくなっちゃったんだろう・・・。
 何か、つらいことがあって出て行っちゃったのかな・・・。だとしたら、なんで私に言わなかったの・・・?
 甲児くん、私、つらいよ・・・・・・。」

さやかは、あげはが何かつらい思いを抱えていたんじゃないか―――。
だから出て行ったのではと思っていた。
そうだとしたら、なぜそれを察せなかったのか―――。それを支えるために協力できていたかもしれないのに―――。
それらの考えをめぐらすたびに、どうしようもない不安と頼られなかった悔しさがさやかの胸を締め付けた。

甲児は、不安と悔しさで震えるさやかの肩をガッと掴んだ。

「バカヤロウ!まだあげはちゃんが自分から出て行ったとは限らねえだろ!」

「だ、だって・・・!あげはちゃんのお母さんはあげはちゃんのケータイにも連絡はないし、かけてもつながらないって・・・!
 しかも、布団もたたんであって、服も靴もなかったって言っていたのよ!?
 学校にもいないし、他の友達も心当たりがないし・・・!
 何かがあって、自分から出て行ったとしか・・・!」

「いや!俺は違うと思う!!
 さやかさん、いつも言っていたじゃねえか!あげはちゃんは思いやりがあって、誰にでも笑顔で接するいい友達だって!
 俺も彼女とは話したことあるけど、すっげえいいヤツだったよ。
 それこそ、何も悪いことをしないような純粋なやつだってな・・・。
 そういうあげはちゃんだからこそ、俺は彼女に身に不幸が降りかかったと・・・そう考える!
 誰かにはめられた可能性だってある!
 だからさやかさんも、いるかもわからない彼女より、いつも元気で純粋な彼女を信じろ!」

甲児は、ありったけの自分の思いを込めて、さやかの吹き出る不安を沈めるように説得した。
さやかは、彼の気持ちを理解したのか、あふれそうになった涙を手で拭いてコクリとうなずいた。

「よし・・・!じゃあ俺はあっちを探す!さやかさんはあげはちゃんの家に行って、彼女の親から詳しい話を聞いてきてくれ!」

「う、うん、わかった!」

さやかのはっきりとした返事を聞いた甲児は、軽くうなずいたあとに指をさしたほうへとかけていった。
さやかは、自分の頬をぱちんと両手でたたいて、自分に気合を入れた。

「そうよ・・・あたしがしっかりしなきゃ・・・あんなに仲良くしてくれたあげはちゃんのためだもの・・・。
 お願い・・・無事でいて!」

さやかはそう思いをつぶやいたあと、あげはの家がある方向へと走っていった。



この時は、ある「謎」が渦巻いてるのを誰も知る由はなかった。

そう、誰も。





この地球の運命の針


そして、運命に振り回される者たちの針


運命を持たぬとも、立ち向かうものたちの針


他人の運命を捻じ曲げる者たちの針


それぞれの針は


カチリと


始まりの音を立てて






どこを指すかも分からぬまま動き出そうとしていた――――。









○MISSION MUMBER

城井 あげは(???)
デュオ・マックスウェル(???)
カトル・ラバーバ・ウィナー(???)




あとがき