おみやさん




(ミーンミンミン……)
(チーン…)

瀧澤「(仏壇に手を合わせる)……どうも」

大山「……ありがとうございます。父も喜んでいると思います」

瀧澤「いえ……」

大山「……高校野球お好きですか?」

瀧澤「え?」

大山「先ほどから、テレビの方をチラチラ見てらっしゃるので」

瀧澤「あぁ…お恥ずかしい……毎年、この時期になるとつい観てしまうんです」

大山「……14回目の夏、ですね」

瀧澤「…………」

大山「……ある日突然近所の公園で父が刺殺されて、もう14年ですか。今となってはあっという間の14年でしたよ……」

瀧澤「……いまだに解決できず、面目ありません」

大山「いえ、瀧澤さんが謝ることじゃないですよ。
   むしろ、警察の方でただ一人時々こうして仏壇に手を合わせていただいて。感謝しています」

瀧澤「……私もあと1年で定年です。その前に、この事件だけは解決しておきたいのです」

大山「しかし、聞くところによると、もう父の事件を調べているのは瀧澤さんだけとか」

瀧澤「……面目ありません」

大山「責めているわけではないですから。もう時効まで1年切った事件だ。当然のことです。
    それで、今日は父に会うために…わざわざ?」

瀧澤「いえ…………実はですね」

大山「はい」

瀧澤「……捜査に進展がありまして」

大山「……えっ?」

瀧澤「実は、新しい犯人像を……思いつきました」

大山「…………はい?」

瀧澤「なのでちょっと聞いていただけますか」

大山「ちょっと待ってください」

瀧澤「なんでしょう?」

大山「……思いついた、と仰いましたよね?」

瀧澤「ええ。昨晩ですね、娘と一緒に『奥様探偵 倍賞美津子の事件簿』というのを見てた時にふと思いつきまして」

大山「待ってください。倍賞美津子は本名のままで出てるんですか?」

瀧澤「いえ、演じてるのは泉ピン子です」

大山「ややこしい…………あ、いえ、そこじゃなくてですね。思いついてってどういうことですか」

瀧澤「いえ、ですから奥探を観ていた時にですね」

大山「略しましたね。人気シリーズなんですね」

瀧澤「パッと浮かんだんですな。犯人像が、こう、パーっと」

大山「…なるほど。思いつきというのは刑事特有の勘、ということですね?聞かせてください」

瀧澤「犯人はオバQみたいな顔だった、というのはどうでしょう?」

大山「…………どうでしょうというのは?」

瀧澤「ですからね、犯人の顔がオバQによく似てたら、かなり犯人が絞れてくるんじゃないかと思いまして」

大山「それを昨日、思いついたと」

瀧澤「ええ」

大山「泉ピン子を見ながら」

瀧澤「刑事の勘ですな」

大山「ピン子の影響ですね」

瀧澤「え?」

大山「泉ピン子を見てたからオバQ連想したんでしょう」

瀧澤「……あぁ」

大山「…まさか本当に、完全なる思いつきの話をされるとは思いませんでした」

瀧澤「あぁ、そうか泉ピン子見てたからですか…」

大山「自覚無かったんですか?」

瀧澤「ピン子を見せることでオバQを視聴者の頭に刷り込む…なるほど、これがサブリミナル効果というやつですな!」

大山「違いますね。大体オバQ刷り込んで藤子先生以外誰が喜ぶんですか」

瀧澤「そうか……早急にピン子の顔を全国に指名手配しようと思ってたんですがね」

大山「完全にピン子になってますよ。ピン子捕まっちゃいますよ。ピン子捕まえたいならTBS行けばいいですよ」

瀧澤「……まぁそれは冗談なんですがね」

大山「場をわきまえてください。なぜ今冗談言っていい空気と思ったのかが知りたいです」

瀧澤「お父さんの事件で何より謎が深いのは、動機です」

大山「ええ。息子の私が言うのもなんですが、うちの父は清廉潔白を絵に描いたような人で、他人に恨まれるようなことがあったとはどうしても思えません…」

瀧澤「確かに。それで今日はその動機についても考えてきました」

大山「考えてきましたの時点で、嫌な予感しかないんですが」

瀧澤「あなたのお父さんは、変態だったんです」

大山「…………」

瀧澤「…………」

大山「…………」

瀧澤「……どうやらずぼ」

大山「図星の沈黙じゃないですよ。この人どうしちゃったんだろうの沈黙ですよ。うちの父は変態じゃないです」

瀧澤「いや、変態といっても女性の家に忍び込んでね、クローゼットの衣服に精子をぶっかけるみたいなのではないんですよ?」

大山「変態の例えが具体的かつエグいな」

瀧澤「そうじゃなくて、下着ですよ。下着ど・ろ・ぼ・う」

大山「ゆっくり言われても…。ていうかうちの父は清廉潔白でって聞いてなかったんですか?」

瀧澤「他人に恨まれるようなことがあったとは思えないと」

大山「聞いてるじゃないですか」

瀧澤「その点が今回の事件で、なかなか犯人が浮かんでこない理由でした」

大山「……だから?」

瀧澤「恨まれる理由がないのなら、理由を作ればいい」

大山「……本末転倒とはこのことですね」

瀧澤「では訊きますが、あなたのお父さん、普段は下着を履いてましたか?」

大山「……ええ、そりゃ」

瀧澤「ほらね?下着泥棒の素養はあった、と」

大山「ほらねじゃねぇよ。何メモってんですか。それが素養なら人類総下着泥棒じゃないですか」

瀧澤「ふ、人類なんて所詮皆、他人と下着を奪い合いながら生きているようなもんじゃないですか」

大山「……何一つうまくないですよ?瀧澤さん、どうしちゃったんですか?刑事やってると、そんなに病んじゃうんですか?」

瀧澤「病んでいたのはあなたのお父さんでしょう」

大山「死者になんてこと言うんですか。ぜひ末代まで呪われてください。
    だいたいそこまで父が下着泥棒だというなら、証拠はあるんですか、証拠」

瀧澤「証拠ですか。あの日公園で発見された時、あなたのお父さんが頭にパンティを被っていたとしたら…………それが何よりの証拠ですよ!」

大山「…………うん、被っていたらね。被ってなかったでしょう」

瀧澤「…………証拠隠滅、か…」

大山「どんな思考回路してんだよ。誰が隠滅したんだよ。だいたい、うちの父は高校の教師ですよ?」

瀧澤「教師なんか……エロいの最たるものでしょうよ」

大山「偏見が過ぎますね。日教組に訴えられればいいのに」

瀧澤「つまり被害者は、女子高生の下着に対して並々ならぬ興味を持っていた…」

大山「何をもって『つまり』なんですか?」

瀧澤「だって職場に女子高生がいっぱいいるんですよ?興奮して下着も盗み放題ですよ。うらやましい」

大山「うらやましいって言っちゃいましたね。変態の素養はあなたの方がよっぽどありそうですけど」

瀧澤「スクール水着もいいですな!」

大山「もうなんだよお前」

瀧澤「そうか、お父さんはスクール水着も盗んでいたのかも知れない」

大山「お前の趣味を親父に押しつけんな」

瀧澤「たしかに女子高生のスク水っていうのはなかなか…うちの娘にもスク水以外は着させませんでしたから」

大山「父親として最低だな。うちの父にそんな趣味はないです」

瀧澤「それはどうですかな。あの日公園で発見された時、スク水姿だったとしたら……」

大山「コントじゃねぇか。遺族でもちょっと笑うわ。大山さん、これ以上はマジで訴えます」

瀧澤「今日はこんなものも用意してみました」

大山「……なんですかそのスケッチブック」

瀧澤「えー(めくる)『こんな犯人は嫌だ』」

大山「14年の信頼関係はたった今崩壊したわ」

瀧澤「犯人なのに、セコムに入っている」

大山「死んだらいい」

瀧澤「これはなんでしょうねー」

大山「フォローあんのかよ。ビートたけしの丸パクリじゃねぇか」

瀧澤「犯人なのに、セコムに入ってるなんてね…………嫌ですね」

大山「そんでフォロー下手糞だな。ただ繰り返しただけだよ今の」

瀧澤「(めくる)犯人なのに、人気ブロガーだ」

大山「心底どうでもいいな」

瀧澤「あれですよね、どこどこのコロッケは美味しいとか、どこどこの焼き鳥は美味しいとか言いますけど、
   揚げたてと焼きたては、どこでも大抵美味いですよね……じゃあ次」

大山「フリップに関係ある話をしろ。なんでこのタイミングであるあるネタだ」

瀧澤「(めくる)犯人なのに、2時間ドラマが好きだ」

大山「なんだろう、これ考えてる時のお前の顔想像すると、犯人より殺意沸くわ」

瀧澤「(めくる)犯人なのに、娘がいる」

大山「殺人犯は基本子供いないなんて情報聞いたことないわ」

瀧澤「犯人なのに、高校野球が好きだ」

大山「…………なんですかそれ」

瀧澤「犯人なのに、犯行を悔やんでいる」

大山「……瀧澤さん?」

瀧澤「犯人なのに、良心の呵責に苛まれている」

大山「……あの…」

瀧澤「犯人なのに、毎年仏壇の前で手を合わせている」

大山「……………………あんた、まさか…」

瀧澤「犯人なのに……………………刑事だ」

大山「………………………………」

瀧澤「…………申し訳ない」

大山「…………本当にあんたが?」

瀧澤「…………」

大山「…………なぜだ?」

瀧澤「…………君の親父さんとは……下着コレクター仲間であり、ライバルだった」

大山「…………ええ?」

瀧澤「高校時代から、お気に入りの下着を見つけては二人で奪い合う毎日だった」

大山「本当に下着奪い合う人生だったのかよ。がっかりだよ」

瀧澤「君の親父さんはね、実に素晴らしい下着野郎だった」

大山「これほど嬉しくないフォローは初めてです」

瀧澤「品を見れば、その下着が、何回使用されたものかすぐに判別できるほどの眼力を持っていた」

大山「親父ド変態じゃないか……」

瀧澤「君の親父さんのコレクションの中でも、特に素晴らしいパンティがあった」

大山「…………」

瀧澤「薄黄色のね……小ぶりのやつだ」

大山「詳細は聞いてねぇよ」

瀧澤「私はそれが欲しいと、彼に懇願した。金ならいくらでも出すから、と」

大山「あんたも相当酷いな。娘泣くぞ」

瀧澤「そしてあの日……あの公園で取引をする手筈だった…。だが渡す直前になって…彼はとんでもないことを言ってきた」

大山「聞きたくない」

瀧澤「渡す前に、一回履かせて欲しいと」

大山「すいません、もう勘弁してください」

瀧澤「私は断固として断った。そんなこと許せるはずもなかった。だって……パンティは神聖にして侵されざるべきものだから!そうだろう?」

大山「知らないよ」

瀧澤「しかし彼はズボンを脱ぎだし、強引に履こうとした。必死の形相で」

大山「駄目だ、涙が出そうだ。その状況を想像したら泣きそうだ」

瀧澤「そしてもみ合ううちに我を失い……気がつけば彼の首を絞めていた…」

大山「………………………親父…………」

瀧澤「………………………………………………という犯人像を考えてみました」

大山「……………………」

瀧澤「……………………ではこんな感じで署に報告」

大山「しなくていいです。嫌です。そんな犯人像は嫌です。大山さん、あなたちょっと病院行った方がいいかもしれない」

瀧澤「駄目ですか」

大山「駄目ですよ、何一つ合ってないですよ。2時間ドラマと……何かの見過ぎですよ」

瀧澤「…………お、打った」

大山「…………サヨナラホームランですか」

瀧澤「…………夏ですな…………」

大山「…………14度目のね…………」

瀧澤「今年こそ……犯人を捕まえたいものだ……」

大山「………………………」

瀧澤「…………あの」

大山「……はい?」

瀧澤「ここで手を合わせる度ずっと気になってたんですが…………仏壇のところ」

大山「……仏壇が何か?」

瀧澤「ご飯と一緒に添えてある…………女性物のパンティはなんですか?」

大山「……………………」

(ミーンミンミン……)




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