風流戦士まことくん
瀧澤「失礼します」
大山「うん」
瀧澤「先生、どうですか?筆進みました?」
大山「…うん」
瀧澤「ほんとですか?どれどれ……」
大山「……」
瀧澤「先生。変な落書きが増えただけじゃないですか!こういうのは筆が進んだって言わないんですよ」
大山「だって…思いつかないんだよ…」
瀧澤「頑張ってください!締め切りは今日までなんですから」
大山「そうは言ってもさぁ…本当に思いつかないんだからしょうがないよ」
瀧澤「先生ともあろうお方が何を弱音吐いてるんですか」
大山「瀧澤君、僕、気付いたんだ」
瀧澤「…何にです?」
大山「枯れた」
瀧澤「は?」
大山「才能!僕の漫画家としての才能!もうね、面白い話なんてまったく思いつかないよ。天才大山文夫はね、もう過去の人なんだよ…」
瀧澤「先生そんなこと……何年前に気付いたんですか?」
大山「…………え?なに、僕…数年前から枯れてたの?」
瀧澤「え?……最近気付いたんですか?」
大山「うん。昨日」
瀧澤「遅いですよ!」
大山「えぇー……」
瀧澤「先生の才能はもう5年前には枯れてましたよ」
大山「えぇー……」
瀧澤「僕この5年間、先生の原稿見てて何一つ心揺さぶられませんでしたもん」
大山「…………よし、死のう」
瀧澤「死なせませんよ。5年間クソ面白くない原稿を我慢して読んできたんですよ。もっと頑張ってもらわなきゃ困ります」
大山「嫌だよ、僕死ぬよ!最近ぼんやりと考えてたけど、たった今君にとどめを刺されたよ!」
瀧澤「書いてください先生!新連載を!」
大山「書けないって言ってるだろ!だいたいそんなクソ面白くないものしか書けないやつをまたぞろ起用してどういうつもりだよ!」
瀧澤「いやそれが、まだそれなりに売れるんです、先生の漫画は。過去の栄光で」
大山「さっきからなんだよ!リアルな言葉でグサグサきやがって!泣きそうだわ!」
瀧澤「先生、いいから落ち着いてください。そして早く原稿をください」
大山「鬼だ……編集の鬼だ!僕だって書けるものなら書きたいよ…」
瀧澤「どうしても書けませんか?」
大山「うん……」
瀧澤「……仕方ない。あの手でいきましょう」
大山「あの手?」
瀧澤「…オマージュですよ」
大山「オマージュ?」
瀧澤「オマージュ」
大山「…………」
瀧澤「『オマ』でエロいこと考えてないで聞いてください」
大山「失敬な!そんなに考えてないよ!で、どういうことだよ?」
瀧澤「ですから…オマージュってことにして、他所のネタをちょっと借りてくるんですよ」
大山「ちょ……それほぼパクリってことじゃん!」
瀧澤「先生!!それは禁句です!!」
大山「だって…」
瀧澤「あくまでオマージュ、です。二度とパクリって言葉使わないでください」
大山「わかったよ……でもなぁ…」
瀧澤「先生」
大山「わかったよ…いつの間に君との立場逆転しちゃったんだろう…」
瀧澤「さぁ問題はどこからネタを借りてくるかです」
大山「そうだよ。皆が知らないようなところから持って来なきゃ、バレちゃうでしょ」
瀧澤「浅いですねぇ…実に浅い…伊豆の海より遠浅だ」
大山「え、なんで蔑まれた?」
瀧澤「マイナーなところから持ってくるというのは、逆に危険なんです」
大山「逆に?」
瀧澤「もし元ネタがバレた時にですよ、それがマイナーなやつだとリアルに……それっぽいじゃないですか。
だから、こういうのは敢てメジャー、それも、どメジャーなところから持ってくるんですよ。
その方がオマージュだと言い張りやすいでしょ」
大山「……深い……マリアナ海こ」
瀧澤「実はこうなるんじゃないかと思って、ここ来る前ちょっと考えてたんです」
大山「例えも言わせてくれないのか……ってさすが瀧澤君!用意周到だね」
瀧澤「先生の枯れ具合は誰よりも僕が一番わかってますから」
大山「あ、うん……なんかごめんね。で、何をオマージュするわけ?僕の得意な少年向け漫画でメジャーってなると…鉄腕アトムとか?
僕好きだよ。あ、スポーツ物?キャプテン翼とか?」
瀧澤「風流戦士まことくんですよ」
大山「………………ん?」
瀧澤「あの、風流戦士まことくんですよ」
大山「…………うん、え…風流……なんだって?」
瀧澤「風まこですって!」
大山「うわ、略したよこの人。なにそれ?なんなの?」
瀧澤「え、知らないんですか?!」
大山「なんだそのリアクション!そんなの聞いたことないよ!」
瀧澤「うわー……」
大山「……あれ?僕が引かれてる?え、それ、マジで有名なの?」
瀧澤「有名っていうか…永遠のスタンダードじゃないですか!」
大山「スタンダードなの?!そんなタイトルの癖に?!第一それなに?漫画?」
瀧澤「……それあれですよ?富士山を指差して『あれ山?』って聞いてるのと同じですよ」
大山「そんなにもなのかよ……え、ごめん知らないから聞くけど、どんな漫画なの?ジャンルは?」
瀧澤「ジャンルは…難しいですね…色んな要素が入ってますからね」
大山「へぇ…」
瀧澤「笑いあり涙あり、コメディー、ビジネス、青春から売春まで幅広いです」
大山「……え?!最後すごい地雷潜んでたよね?スタンダード…っていうか少年漫画にあるまじき要素入ってたよ!
いやその前のビジネスも気になるけどさ!」
瀧澤「いいからネタ、パクリますよ」
大山「うん……あれ?いまパクリって……」
瀧澤「じゃああれです、とりあえず主人公の設定はまことくんにかなり似せる感じで……ローソンかファミマの店員がいいかな…」
大山「…うんごめん、イチから説明して。なに?ローソンとか」
瀧澤「だから…まことちゃんは地元のセブンイレブンで働いてるじゃないですか」
大山「あ、そんなローカルな設定なんだ!スタンダードなのに!」
瀧澤「ちなみにあのセブンのモデルって、僕の実家の近くのセブンなんですよ」
大山「……それは僕どうすればいいの?すげーって言えばいいの?」
瀧澤「いやそんな凄くはないですよ!セブンメインの話なんて、数えるほどしかないですし」
大山「あるんだ?!数話はセブンメインあるんだ?!予想外のウェイト占めてるね!」
瀧澤「雑誌の売り上げが伸びなくてピンチみたいな」
大山「等身大な悩みだ!そんな課長島耕作的な要素もありつつなんだ?課長島耕作読んだことはないけど!」
瀧澤「まぁその悩みはディスプレイの仕方をちょっと変えてみることで解決したんですけどね」
大山「……地味くない?!解決方法が!それ漫画にするほどのことなのかな!」
瀧澤「じゃあ次、主人公の名前ですけど…」
大山「名前……あっ、僕が前々から温めてきた面白ネームがあるんだけど聞く?」
瀧澤「……一応」
大山「金縛酷男(かなしばり ひどお)ってのはどう?ぷぷー!面白っ!」
瀧澤「…………今ここでキャリア終わらせたいんですか?」
大山「リアルトーンだときついよ…泣きそう・リターンズだよ…」
瀧澤「まぁ原作では寝付悪男(ねつき わるお)ですからそれに寄せて…」
大山「似てる!奇跡的に僕の思いついたのすげぇ似てるじゃん!えっ!つーか主人公まことじゃないの?!
タイトル、風流戦士まことくんだったよね?!」
瀧澤「あだ名がまことくんなんですよ…」
大山「どういう経緯で寝付悪男からまことくんになったの!?」
瀧澤「……そんな重箱の隅をつつくようなこと…」
大山「いやいや重箱のど真ん中でしょ!!うな重で言ったらうなぎにあたる部分をつついたはずだよ今!!」
瀧澤「なんでよりによってうな重で例えたんですか……」
大山「いや君が始めた比喩じゃんかよ!」
瀧澤「まことくんはうなぎダメなんですよ…」
大山「知らないよ!ていうかそんなとこまで配慮する必要ないだろ!」
瀧澤「この際ですから、ヒロインもパクっちゃいましょうか」
大山「もう堂々と言ってるね…」
瀧澤「よし、じゃあヒロインは……メスブタ5号で」
大山「ちょっと待てよ!!」
瀧澤「よし、じゃあ次は」
大山「よし、じゃないよ!!一個片付いた、みたいな感じにするなよ!!なんでそんな名前だよ!!」
瀧澤「だって原作だと、まことくんは知り合いの女性すべてを『肉便器〜号』っていう風に呼んでいるんで」
大山「まことくんの性格!少年誌にあるまじき主人公だな!絶対嫌われてるよ!」
瀧澤「ちなみに肉便器1号はもちろんお母さんです」
大山「親不孝にも程がある!とんだドSだよ!そんな漫画少年誌に掲載不能だわ!
ていうか待って、なんか俄然原作読みたくなってきた!もう僕の漫画一旦置いとこう!風流戦士まことくんの話しよう!
……ていうかここまでまことくんに風流要素一切ないじゃん!!」
瀧澤「……あ、まことくんは実家で鈴虫飼ってます」
大山「うわ風流きた!風流要素唐突にきた!」
瀧澤「鈴虫の鳴き声を聴いてると、日頃のもやもやが吹き飛んで安らかな気持ちになれます……」
大山「うん……なんかもう少年誌っぽさ皆無だけど、風流っていいね……」
瀧澤「また、まことくんの住む町では、毎年夏に風鈴祭りというお祭りが開かれるんです……」
大山「うん……うん……」
瀧澤「町内の各家が、軒先に色とりどりの風鈴をぶら下げて…」
大山「うん……うん……なんだろ…もう漫画じゃないよね。NHKのローカルニュースだよね…でもいいよ…」
瀧澤「まことくんは、そんな風鈴を、一軒一軒割って回ります……」
大山「えぇぇぇ?!割るの?!割って回るの?!」
瀧澤「はい。ある種の使命感を抱いて、割って回ります」
大山「どんな使命だよ!風流吹き飛んだよ!どっちかつったらアンチ風流じゃないか!やっぱりまことくん最低の輩だね!
さすが本名寝付悪男だよ!寝付き以外も色々悪いよ!!」
瀧澤「そんなこんなでまことくんは悪い怪人達と闘います」
大山「王道来た!いきなり風流の次はいきなり王道来た!」
瀧澤「闘います」
大山「怪人出てくるんだ……セブンイレブンメインの話とのギャップすごくねぇ?怪獣期待してた子供達は雑誌の売り上げがどうとかいう話で納得するのかな?」
瀧澤「いや、一応怪人は毎週出てくるんで」
大山「あぁそうなの…」
瀧澤「まぁ基本的には、毎週、肉便器5号の売春相手が怪人なんですね」
大山「ここで売春来たよ!ヒロイン売春てなんだよ!しかも毎週かよ!毎週ヒロインが売春しちゃう少年漫画ってなんだよ!」
瀧澤「だからこそ伝説なんじゃないですか!」
大山「もう単行本持って来いよ!読んでやんよ!読んだ上でビリビリに引き裂いてやんよ!」
瀧澤「怪人達はモラルとかないですから本来行ってないサービスまで要求しちゃうんですよ!」
大山「何お前熱くなってんだよ!気持ち悪いよ!そんでモラルと言えば主人公もモラルゼロ人間だろ!」
瀧澤「そこに現れるまことくん!全裸で宙吊りの肉便器5号!」
大山「何が行われてたのか聞きたくもないわ!この漫画、風流どころか死ぬほど下衆いよ!」
瀧澤「出たな怪人蝉時雨!!」
大山「怪人の名前ぇぇ!!怪人の名前から風流っぽい感じめっちゃ出てるよ!倒しちゃだめなんじゃないの!!」
瀧澤「他にも怪人紫陽花、怪人潮騒なんかもいます!」
大山「そんな風流な名前で買春すんじゃねぇよ怪人もよぉ!」
瀧澤「怪人は容赦なくうなぎを投げつけてきます!」
大山「地味ぃ!確かにまことくんはうなぎダメらしいけど地味ぃ!」
瀧澤「瀕死!まことくん瀕死です!」
大山「弱いよ!命に関わるレベルでうなぎダメだったのかよ!」
瀧澤「そこで肉便器5号覚醒します!!」
大山「なんだよ覚醒って!」
瀧澤「叫び声と共に体中の拘束具を引きちぎります!」
大山「なんかスーパーサイヤ人になって胴着破れるみたいなニュアンスだけど!下衆いから!元ネタよりだいぶ下衆いから!」
瀧澤「それを見たまことくんはがっかりして意気消沈!」
大山「まことも宙吊り肯定派だったのかよ!弱いしド変態だしもう主人公やめちまえ!」
瀧澤「そして肉便器5号の必殺、雷おこし!!」
大山「ちょっと技っぽいけど!ていうか肉便器何者だよ!!」
瀧澤「吹き飛ぶ怪人蝉時雨。こうして今日もこの街の平穏は保たれた…………まぁこんな感じで毎週展開するんですけど…どこパクリましょうか?」
大山「嫌だ嫌だ!頭おかしいと思われる!!まだ面白くなくなったと思われる方がマシだわ!」
瀧澤「そう言わずに!」
大山「嫌だよ!全力で願い下げだよ!」
瀧澤「お願いします!僕の漫画使ってください!」
大山「……は?」
瀧澤「お願いします……」
大山「君の、漫画?」
瀧澤「そうです……風流戦士まことくんというのは、僕の考えた漫画なんです。
ただ僕が自分の名前で描いても編集部に取り合って貰えるわけありません…
ですから、ここは才能の枯れた大山先生に僕の漫画を使っていただいて!!」
大山「バカかよ!!僕の作家人生終わらす気かよ!!」
瀧澤「この際、オマージュと言わずそのまま使っていただいて結構ですから!」
大山「……ちょっと譲って、みたいな感じで言ってるけど厚かましさ増してるからね!
なんでこんな変態漫画、僕名義で出さなきゃいけないんだよ!僕の歴史にでっかい傷が付くわ!」
瀧澤「じゃあ…面白い漫画描けるって言うんですか!!」
大山「うっそれは…………」
瀧澤「先生、もうこれしかないんですよ!!」
大山「これしかないって……だったら死ぬよ!」
瀧澤「死なせませんよ!僕の作品を世に出すためにもこれから毎日監視しますからね!!」
大山「………………………ちくしょぉぉぉぉぉ!!!」
瀧澤「二人で頑張りましょう!!先生!!」
『速報!!大山文夫先生 待望の新連載!!風流戦士たもつくん!!』
大山「……こうして風流戦士たもつくんは生まれた。
のちに一大センセーショナルを巻き起こし、私の最高傑作として、
後世まで語り継がれることとなった作品が、産声を上げた瞬間である。
また、今では巷で定番ファッションとして普通に見かけるようになった拘束具が、社会に根付いたのも、
この作品の影響であることは、言うまでもない。」(大山文夫自伝『そろそろ死のうと思う』より抜粋)
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